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絵を描く、という行為以外の時間でも
私は絵を描くことに準ずる何かを常に行っている。

それは目にうつる全ての人物、物、風景をよく見ること。
デッサンをすることで何が上達するかというと
画力よりもむしろ観察力であると思っている。
デッサンの巧い人というのは普通の人よりもよく物を見ている。
普段の「見る」とは違う。
日常の見る行為というのは物が存在していることを
確認するだけで理解はしていない。
文字で分別するならば「視る」となるんだろか。
最初は意識的に視なければその色形を理解することができないが
慣れてくれば見ることが普段から視るに切り替わる。
視る、はよく観察することもなんとなく眺めることも
必要だと思う。
なぜなら部分と全体の関係を読み取ることができるから。

だから最終的に総合的な画力を向上させるには
絵を描いていない時間こそを大事にするべきだ。

それはデザインにも同じ事が言える。
延々と机に向かってスケッチ描いていて良いデザインが
生まれるはずもない。
デザインする以外の全ての時間、
デザインから離れている時間何を意識しているかが
問題になってくる。

私にとっては絵を描くこともデザインすることも
それらをしない時間どう過ごしたかの結果でしかない。
だから日常というのはとても大事だと思う。
日常を日常的に送る、そしてその上で
意識的に物を視る、あらゆるものを視る。
固定されず流動的なものも視る。
例えば物同士の関係、人間関係、人の表情・しぐさ・挙動。
天気の移り変わり、道に落ちているゴミ、
人が交わす会話、風の匂い、光のまぶしさ、
コップの硬さ、布団の柔らかさ、人の心理、自分自身、全て視る。

普段の日常の結果、それがデザインに反映する。
デザインほどではないが絵にも反映する。

豊かな人生をおくればよいデザインが生まれると思っている。
そう信じている。
「豊かな人生」とは精神的充足感だと考えている。
「よいデザイン」はまだ分からない。

以上を鑑みて
私に最も重要なのは日常・普段である。
普通や形式といったものを自分の中で確立するからこそ
「型からはずれた」ものも表現することができるはずだ。
型をはずれるにはまず型に嵌らなければならない。
型を作らなければならない。

※これは趣味の域を出ない話です。



















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